バイアグラと心血管疾患
世界保健機関(WHO)によると、心血管疾患は世界の国々で最も多い死因の一つとなっています(図1を参照)。日本は平均寿命が80歳以上と最も長い国の1つです。また、日本の人口の20%は65歳以上の高齢者です[1]。このような高齢者社会では、国民生活の質を改善するために早急な対策を実施することが求められています。これらの対策の1つには35歳以上の男性に発症しやすい勃起不全(ED)の治療が挙げられます。そして、EDを治療するために薬剤を選択する際には、バイアグラの心臓への影響を考慮する必要があります。
心臓病とバイアグラ:バイアグラの心臓への影響
勃起は、男性が性的刺激を受けた際に、体内の一連の複雑なメカニズムにより引き起こされる現象です。性的に興奮すると男性の体内では一酸化窒素が放出されます。NO(一酸化窒素)の作用で陰茎の血管が弛緩し、血液が流入することにより、陰茎がより太く長く硬くなります。勃起不全の主な原因は、平滑筋組織の血管が何らかの要因で十分に弛緩せずに陰茎への血液供給が低下することにあります[2]。
勃起不全と心臓病には密接な関係性があります:
- 危険因子が年齢、ストレス、糖尿病、動脈性高血圧などの共通点がある。
- 患者のライフスタイルに喫煙、飲酒、肥満、運動不足などの共通点がある。
- 血管の内側を覆う細胞が厚くなり、血管を狭くしたり拡張したりする機能が低下するという共通の原因がある。
勃起不全は心血管疾患の前兆であるという研究結果が報告されています[3]。イタリアにおける研究において、勃起不全は心臓病の発症の早期警告である可能性が示されています。陰茎の動脈の直径は、心臓の冠状動脈の直径の2~3倍、頸動脈の直径の3~4倍と小さいため、血管の損傷が起きやすく、心臓の血管に影響が現れるよりも早い時期に症状が現れることにその原因があります[4]。
バイアグラの作用は、血管壁から活性物質である神経伝達物質の一酸化窒素(NO)の放出を促進します。NOは陰茎に血液を供給している動脈の平滑筋を弛緩させ、陰茎への血流を増加させます。動脈を血液で充填することで静脈が圧迫され、ペニスからの血液の流出がブロックされると良好な勃起が得られます。バイアグラは陰茎の血管だけではなく、全身の血管にも影響を与えるため、心血管疾患の持病がある男性へのED治療薬の処方には注意が必要です。バイアグラを服用する前に必ず事前に医師に相談し、心臓と血管の健康状態を確認するようにしてください。
患者の個人の症状:心臓への負担
バイアグラの使用は、心血管疾患の持病のある男性の心臓に負担を増やすことはありませんが、性行為の安全性を判断するためには、患者個人の体調を正確に評価する必要があります。
性行為時の心臓への負担に対応可能な身体能力があるかどうかは、ブルース・プロトコール(Bruce protocol)に準じたトレッドミル試験を用いて決定されます(図2)。この試験において4分間血流量が下がる症状がなければ、性行為を行うことが許可される基準となっています[5]。
心臓と血管の疾患を持つ男性の性行為の安全性を評価し、バイアグラによる治療が可能かどうかを判断するために、患者を3つのグループに分けて判断する推奨事項が作成されています。
1. 低リスク群 — 性行為の再開は安全と考えられます。
2. 中リスク群 — 性行為を再開する前に追加の検査が必要です。
3. 高リスク群 — 性行為を再開する前に基礎疾患の治療が必要です[6]。
研究によると、性行為に伴う身体的負担は適当な手荷物を持って3階まで階段を上がることができる程度の運動耐用能が必要だと考えられています[7]。したがって、バイアグラが心臓に与える影響を考慮すると、運動耐容能試験においての正常な結果がでた場合にのみ、患者はバイアグラなどのED治療薬の助けを借りて性生活を再開することができます。
不整脈
不整脈とは、心臓の心拍数、リズム、収縮の規則が乱れている不規則な状態です。正常な心臓の心拍数は1分間に60~80回ですが、性交時には心拍数が最大130回まで上昇します[7]。
バイアグラの使用で不整脈が起こることはありません。不静脈は心血管疾患の持病を持つ男性が性行為を行う時にその身体活動によって引き起こされ、健康に悪影響を及ぼす可能性があります。このような場合は性行為を行うことはできません。
日常生活を行うための運動耐用能力を有する不整脈患者が性行為を行うことは許可されています。しかし、制御不能な不整脈やペースメーカーが植え込まれている場合は、患者の心臓の症状が安定し回復している必要があります[8]。
心不全
心不全を患っている患者は、複数の合併症を併発している場合が多く、その一つに勃起不全が挙げられます[9]。心不全の患者の60~87%が性機能不全を報告しており、その3分の1は性的活動をしていないと回答しています[10]。
バイアグラは、軽度の心不全の男性で、基礎疾患の適切な治療を受けていれば、使用することは安全だと考えられています。軽度の心不全患者のほとんどは、心血管系の合併症を発症するリスクが高まらなければ、性行為を再開または継続することができます。しかし、中度以上の心不全を患っている患者にバイアグラを処方するかどうかは、慎重に判断されるべきであり、検査に基づいて臨床症状が安定した後に医師が決定を下します[7]。
狭心症
狭心症は、胸の痛みや心臓の圧迫感などの症状となって現れます。通常、運動をした時や感情的なストレスを受けた時に突然心臓の痛みが発生します。狭心症とED(勃起不全)に悩む男性は、循環器内科の医師の診断を受け許可が降りた時にのみ、性行為の再開を行うことができます。
狭心症の男性がバイアグラを使用しても持病を悪化させることはありませんが、性交時の心拍数の上昇が心臓の痛みを伴う発作の引き金になることがわかっています。そのため、狭心症の患者がバイアグラを使用できるのは、治療を受けて心臓の症状が回復してからになります。
心血管疾患の治療のために手術を受け回復した患者においては、性交時に術後の合併症が発生するリスクはほとんどありません。しかし、バイアグラを服用して性行為を再開することについては患者個人の心臓の健康状態を診て医師が判断します[11] [12]。
心筋の損傷:心血管疾患と心筋症
心臓は心筋と呼ばれる筋肉でできた臓器です。血管疾患と心筋症には密接な関係性があります。心臓には心筋に必要な酸素と栄養分が動脈を通って血液により供給されています。特定の要因により、動脈が狭くなったり詰まったりすることで心臓への血流が悪くなります。血管の詰まりにより血液が届かなくなると、心筋に酸素と栄養素が供給されなくなります。酸素が供給されない状態が長時間続くと、心筋梗塞が発症し、心臓の心筋が壊死してしまいます。
大規模な研究では、心臓の損傷と性行為との関係を検証する臨床試験が行われました。心筋梗塞の既往歴のある患者1774人がこの研究に参加し、そのうち858人が性行為を行っていました。表1には特定された心筋梗塞の危険因子が示されています。
心筋梗塞発症リスクは性行為中とその2時間後に2.5倍増加した。 | 心血管疾患のある患者とない患者ではリスクは同じであった。 | 心筋梗塞が発症する前の24時間以内に性交渉を行った患者はわずか9%であった。 | 心筋梗塞が発症する前の2時間以内に性行為を行った被験者はわずか3%であった。 |
絶対的なリスクは0.9% |
心臓の心筋細胞の壊死が発症するリスクは低いですが、心筋梗塞を発症した患者は、医師の指示のもとでバイアグラの服用が可能かどうかを判断する必要があります。
バイアグラ自体は心筋梗塞の発症を誘発する作用はありませんが、勃起不全の治療は患者の体調が回復し、心臓のコンディションが安定してから開始する必要があります。
バイアグラと血圧
バイアグラの作用は血圧に影響を与えることがあります。バイアグラは血管を拡張する作用があり、全身の血圧が低下します。バイアグラの作用により血圧が最大に下がるタイミングは、薬剤の投与後1~2時間後に観察され、平均で収縮期8.4/ 拡張期5.5mm Hgの変化が見られます。
バイアグラの血圧への作用により、いくつかの副作用が発生する可能性があります:動脈性低血圧、体位の変化に伴う低血圧、動悸などがあります。
ばいあぐらの副作用による血圧への影響は、心血管疾患を悪化させる可能性があることに注意する必要があります。
バイアグラと高血圧
高血圧になると、血管の壁が硬くなって柔軟性を失い、重症時には必要な量の血液を臓器に供給する能力が失われてしまいます。また、高血圧は男性の性器にもネガティブな影響が及びます。
- 陰茎の海綿体組織の筋肉細胞が増殖し血管が細く狭く硬くなる
- 正常な海綿体組織に瘢痕組織が出現する
- 陰茎組織にコラーゲンが増加する
これらの変化はすべてペニスへの血液供給不足に繋がり、陰茎の症状の重症度は高血圧の重症度に正比例します。高血圧の場合は、ED(勃起不全)治療薬を処方する際にバイアグラの心臓への影響を考慮しなければなりません。
高血圧の患者の血圧を下げるために、降圧剤が使用されます 。主にAT1レセプターブロッカーやCa拮抗剤、硝酸塩などです。高血圧とED(勃起不全)に罹患している患者は、一定の条件を満たす場合のみバイアグラを服用することができます。
1. バイアグラを服用している高血圧の男性が硝酸塩を使用することは固く禁じられています。
2. バイアグラを服用してから少なくとも24時間は硝酸薬を服用してはいけません。
3. 血圧を下げるために硝酸塩が処方された場合は、医師にバイアグラなどのED治療薬の使用について伝える必要があります。硝酸薬とバイアグラは併用禁忌薬です。
4. 硝酸薬で治療中の患者がばいあぐらを使用したい場合は、医師に別の降圧剤を処方してもらうように相談してください。(詳細は「バイアグラジェネリック」の記事を参照してください)。
バイアグラと低血圧
バイアグラは薬剤の作用から低血圧を悪化させます。バイアグラ服用禁忌 には以下のような症状が挙げられます。
- 重度の心不全
- 不安定な心拍数(不整脈)
- 最近の脳卒中や心筋梗塞
- 低血圧(<90/50mmHg)
低血圧の患者が勃起不全の治療のためにバイアグラを服用したい場合は、医師の指示に厳密に従い、治療を行う必要があります。
脳梗塞
脳梗塞は脳における急性循環障害であり、脳の血管が血栓により詰まって引き起こされる疾患です。脳梗塞の危険因子の1つは高血圧であり、高血圧の治療には硝酸薬などの薬剤が含まれています。
多くの研究では、バイアグラの使用は脳梗塞を誘発せず、発症リスクを増加させることがないことが報告されています[13]。しかし、脳梗塞のリスクが高い患者にバイアグラを処方することはできません。また、バイアグラと硝酸薬による治療の併用は避ける必要があります。
バイアグラの血中濃度
バイアグラは服用後、消化管の壁を通して血液中に吸収されます。シルデナフィルの血中濃度は平均して60分後(30分~120分後)に最大濃度に達します。脂肪分の多い食品と一緒に服用すると、薬剤の吸収率が低下します。その場合、バイアグラの最大濃度は29%減少し、有意な濃度に達するまでの時間はさらに60分延長します。
薬剤は主に肝臓で代謝され、いくつかの物質に分解されます。バイアグラは主に腸(80%)と腎臓(13%)で排泄され、排泄時間は8~10時間です。
体内におけるバイアグラなどの薬剤の代謝とその作用について知ることは、血液を献血する時に役立ちます。
バイアグラを服用して血液を献血する前に注意すべき情報
献血を行うためには一定のルールを守る必要があります:治療不可能なウイルス性疾患などの病気に罹患してないこと、献血により体調不良にならない健康な方などの条件があります。献血中には著しい低血圧が観察されますので、この状態を悪化させる可能性のある薬剤の服用は許可されていません。
バイアグラは血圧降下作用を悪化させる可能性があるため、献血前の服用は絶対に避ける必要があります。次回のバイアグラの薬剤の使用は、献血した血液量が回復した後の24-36時間後に服用することができるようになります。
まとめ
バイアグラの心臓への影響については、さらなる研究が必要とされています。性行為を行うことは男性の心身の健康において重要な要素であり、心臓病の男性にも同じことが言えます。ほとんどの患者にとって、バイアグラなどのED治療薬を服用することは禁忌ではありません。しかし、心血管疾患が原因で性行為を行うこと自体を控えるように医師から指示されている時は、バイアグラなどのED治療薬を服用することができません。患者の身体コンディションが性行為を行える状態であるかを慎重に評価し判断する必要があります。そのために医師は患者の心血管疾患などの病歴を調査し、身体能力や合併症のリスクを評価して最終的な決定を下します(図3)[4]。
バイアグラは、ほとんどの心臓病患者に忍容性が高く効果的ですが、バイアグラと硝酸薬との併用は絶対に併用禁忌であることに注意する必要があります。